映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で、ちょっと思った事

今回、あまり物語については語っていないので、ネタバレの前置きはありません。

マルチバース設定が行動分岐の結果、各自が違う自分になった設定になっていて、この設定は前に感想を書いた「僕が愛したすべての君へ」「君を愛したひとりの僕へ」に似た内容になっているなあ、と思った、というだけ。
なお、記事はこちら(こっちはネタバレ注意)→ 映画「僕が愛したすべての君へ」「君を愛したひとりの僕へ」(私の鑑賞順)は、不完全な映画化という感想

こちらはアクション、向こうは恋愛ドラマという違いがありますが、絆めいたものが出てくるのが、ちょっと似ているかも。

分かったつもりで法律用語を使うのは危険 - 書籍「もしも高校生のわたしに「法律用語」が使えたら?」感想

まず最初に。
法律用語は難しいと言われますが、それは知識として法律用語が難解だという訳ではありません。


いや、勿論簡単だという訳ではないのですが、そもそも論として法律用語が難しいのは、用語が難しいのと同時に、その用語を支える基盤の知識が必要となるからです。

契約の話をする際に話される民法の内容は、民法を支える色々な概念の理解が必要ですし、刑法の罪の定義を話す際、刑事裁判の基本的な仕組み、刑法の役割、罪を規定する罪刑法定主義、そこから生じる構成要件と故意概念、違法性阻却等を除いて語ることはできません。

その事情から法律用語を使うという事は、法行為を包括的に理解する事を意味し、単に法律用語の意味を覚えて使う、という事を意味しません。

この書籍は色々な物語の中で、そこでの法律用語を説明しようとしているのですが、法律用語がその背景を持つゆえに、「はて、これは何を説明しようとしているのかな?」という疑問を生じてしまって、全然読み進めなかったです。
何かしら分かったつもりになる事はできるのかもしれませんが、ちゃんと法律用語が使えるようになれるとは到底思えなかった。

...一応補足しておくと、周辺知識の解説の章はあるのです。
ただ、結局のところ、その前に出てくる法律用語の周辺用語の説明に終始しており、結局のところ、それらの言葉がどういう背景を基に、どういう使われ方をするのか、という事の把握が難しい状況になっているのが問題と思えた。


流石にこの書籍を読んで、実生活で法律用語を使ってみようとする人はいないと思いますが、法律用語を理解したい人には、こういった書籍よりもまず、法学の基本書あたりを読むことを勧めます*1
基本概念の説明の処で法律用語が出てきますから、そこから用語を理解し、そのうえで法律行為を理解し、それを示す用語として法律用語を使う、という手順を踏んだ方が、ちゃんと法律用語を使えるようになると思います。

法律用語は付け焼刃で使うと逆襲を食らいやすい*2という事を考えても、あんまり勧める事が出来ないかな、と思いました。

唯一役に立つとすれば、既に法律の基本的構造を理解した背景を持った人が市井の人に解説する際の副読本として、本人の解説を前提として使う場合、なんじゃないでしょうか。



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*1:民法総論とか、刑法総論とか。

*2:自分の知っている法律根拠が、新判例によって否定されたり、射程が違っていて当てはめが効かない、という事が普通に起こる。

正論と言ってしまう傲慢

あんまり良いまとめではないと思う*1ので、該当のまとめは特に紹介はしないが、「正論で殴る*2」について色々述べている内容があって、スタートラインから間違えているなあ、と思ったのですが。

そもそも「正論」って何ですかね? 誰が定義し、誰が評価している内容なんですかね? それをどうやって保証するんですかね?
それって、人それぞれ、場面それぞれで違いませんかね?

勿論、大体は正当な内容に思われる内容なんでしょうけど、賭けてもいいが、それぞれに頭の中で想定している内容は違いますよ*3
で、正しいからこそ、「殴って」良いと考えてしまっているのでしょ。

その内容が傲慢にならないと誰が保証してくれるんですかね。

少しでも「正論に近づきたい」のであれば、相互の認識のすり合わせは必須ですし、そこに話し合いの余地こそあれ、特定の事項で問答無用で殴る、みたいなイメージは無いですね。

その内容では、自己陶酔の自分の正論*4で相手を殴りたい、説教したい、という感情の欲求しか感じられないし、実際の内容もそうなってしまうのでは*5


本当に正しい道に進みたいのなら、双方ちゃんとバランス均衡をとって話し合いをするしかないし、相互理解なしに正解も無いでしょう。それがないのなら、単なる「殴る」だけの行為ですね。


「ピープルウェア」などの著作で丁寧に解説しようとしている内容は、実際、まったく違うものです。
そもそも正論なんて傲慢な用語*6は使われてないです。

ごろつきとかではないのですから、ちゃんと話し合うという解決をとりたいものです。そのような扱いをされた正論は、きっとパワハラと区別がつかないでしょう。
まあ、管理職研修では普通にやると思いますが*7

*1:それに内容があんまり関係ない

*2:そもそも、ここに殴る、が出てきている時点で加害性が明確なので、明らかに相手を攻撃していると思うのですが。

*3:それだから、一見向かう方向性が同じだという前提で話し合いがなされている。そもそも、現実の多様な選択肢は「正論」という一単語で解決できる内容になるとは到底思えない。

*4:つまり、実は正しいとは限らない

*5:面白いなあ、と思ったのですが、ほぼ自分は殴る方だと考えている節がある。ちゃんと考えれば両方あるはずなのに。

*6:だと思います。この言葉からは自分が述べている言葉が唯一正しいという感情しか感じ取れません。そもそも、論理的な言葉ですか?

*7:少なくとも私はやった。

最高裁令和5年3月24日判決 死体遺棄被告事件無罪判決文

ベトナム人元技能実習生に対し、検察が死体遺棄を起訴した事件が無罪判決となりました。

このような事例については、罪刑法定主義に従い罪とならない、と指摘した判例となります。


死体遺棄被告事件[事件番号 令和4(あ)196]
令和5年3月24日最高裁判所第二小法廷、破棄自判
最高裁関連ページ
判決文


無罪判決ですので、冒頭からこんな感じですね。

主 文
原判決及び第1審判決を破棄する。
被告人は無罪。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf


その下に理由のパートがありますが、なかなか分かりにくいと思いますので少し解説します。

上告趣意のうち、規定違憲をいう点は、原審で何ら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、高等裁判所の判例を引用して判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf

この部分は、原判決が憲法違反等ではないよ、という事です。
(405条は色々な条件を述べていて、まとめて否定しています。冗長となるため「等」と記載しました。)

上告趣意というのは、弁護人が上告にあたり主張した内容です。それが刑訴法405条の上告理由には当たりません、と言っています。


刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)

第四百五条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000131


文としては以下内容に続いています。

説明した部分を読むと「刑訴法405条の上告理由に当たらない。」と否定されてしまっています。
しかし、続く文章を読むと、最高裁が下級審の判決を破棄する事が分かります。

しかしながら、所論に鑑み、職権をもって調査すると、原判決及び第1審判決は、刑訴法411条1号、3号により破棄を免れない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf


刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)

第四百十一条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000131

「刑訴法411条1号、3号により」と言っていますので、つまり「判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある」のと、「判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある」という事になります。


それはどういう事かというと、これは以降の文に記載されています。
まずは死体遺棄罪の定義について述べています。

第3 当裁判所の判断
1 刑法190条は、社会的な習俗に従って死体の埋葬等が行われることにより、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情が保護されるべきことを前提に、死体等を損壊し、遺棄し又は領得する行為を処罰することとしたものと解される。したがって、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf

死体遺棄罪の構成要件に対し、「遺棄」と判断するにあたって、どう判定するかを定義しています。
「習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為」が遺棄として判定する行動様態ですよ、と言っています。

そして加えての内容が下記です。

そうすると、他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf

かなり重要な記述があります。

判断に当たって、「それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討した」という判断だけでは足りない、と言っています。

では、どういう判断が必要かと言うと、「その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある。」と言っています。

意味の違いが分かりますか。

前者は、証拠が示す内容から、葬祭の準備、または一過程として行われたものかを判定しています(行われていないなら「遺棄」)。

後者は、判定では「習俗上の埋葬と相いれない処置となっているか」を検討する、と言っているのです(相いれない処置となっているなら「遺棄」)。

前者は「葬送ではない(遺棄)」を判定しているのに対し、後者は「埋葬と相いれない処置が確認されているか(遺棄)」を判定しています。


これを受けての判断が続きます。

2 (前半略)、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められないから、刑法190条にいう「遺棄」に当たらない。原判決は、「遺棄」についての解釈を誤り、本件作為が「遺棄」に当たるか否かの判断をするに当たり必要な、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点からの検討を欠いたため、重大な事実誤認をしたものというべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf


そして、まとめとなりますが、最終結論としての判断として、下記の内容で結ばれます。この結びが、冒頭の主文に繋がります。

3 以上のとおり、本件作為について死体遺棄罪の成立を認めた原判決及び第1審判決は、いずれも判決に影響を及ぼすべき法令違反及び重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。そして、既に検察官による立証は尽くされているので、当審において自判するのが相当であるところ、前記2のとおり、本件作為は刑法190条にいう「遺棄」に当たらないから、被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。
よって、刑訴法411条1号、3号により原判決及び第1審判決を破棄し、同法413条ただし書、414条、404条、336条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/943/091943_hanrei.pdf


個人的な感想を言えば、そもそも、事件概要を知るにつれ、「なんで起訴したんだ」という疑問点が浮かんでくる事件なのですが、いずれにせよ、このような様態の事件は刑法上の違法行為とはならない、という事ですので、今後の検察側の正しい運用を期待したいです。